佐野白羚の文筆武者修行

佐野白羚による随想ならびに読後録(「蟄居汎読記」「書脈録」)を不定期掲載

別役実『淋しいおさかな』(PHP文庫)

 

むかし読んだ本で、著者は皆目忘れてしまったけれどたしか、「青年が美しいのは、彼らが決して終わらない問題のために真剣に悩むことができるからだ」というふうな文言があって、それがずっと奥歯に挟まったシシャモの小骨みたいに記憶されているので、しばらく一考を差し向けてみたい。それにしてもこの言葉、ずいぶん青年というものを買い被っている人だなあと思えなくもないけれど、少なくとも、この書き手の皮膚感覚では、彼の生きていた時代、青年たちはかつての白樺派のように高邁な「実存的問題」に日々懊悩していたのだ(もちろん個体差は大きい)。そして若さゆえの虚勢であるにせよ学生などは、「栄華の巷低く見て」という調子の旧制高校的気概もある程度は引きずっていた。そういう時代は「俺たちが社会を変えるのだ」と気炎を吐く連中も少なくなかったし、「この大宇宙の謎が分からないくらいなら身投げして死んでしまおう」という悩める青年も少なくなかった(たぶん)*注*

 

*注*《こういう「たぶん」みたいなものは、たとえば内田樹さんの素晴らしい文癖のひとつで、要するに自分の断言をただちに保留に付する一種の著述マナーといえるのだ。適宜適切の「自己ツッコミ」を挿入することで、全体の主張が過熱暴走することを未然に防ぐ。

例)彼らのように熱狂するだけでものを考えない畜群的人間が増えると、与党はますますこうした不満分子を延命的に動員しやすくなるのだ(かくいう僕も普段何も考えないのだけどね)

この自己ツッコミの技法がもうちょっと高レベルになると、一つのテーゼをやんわり否定もしくは保留することで、直面している問題の単純化を回避し、より高次の認識を暗示することになる。これがすなわちアウフへーベン(止揚)で、既に時代遅れの刻印をおされて久しい用語なのだけれど、内実は決して廃れていない。『碧巌録』のような禅語録にある「著語」もほぼ同じような保留機能を担っているのだけど、おしなべてこの種の能書きは長くなると逆効果らしいので、この続きはいずれまた。》

 

「青年」とは何か(いつも壮大な本質論的設問ばかり)。答えにくい。本当に。まだ「国民国家」とは何か、とか、「議会制民主主義」とは何かという問いのほうが模範解答らしいものを示せるというものだ。手近の辞書ではだいたい「十四、五~二五くらいの男女を指すが、しばしば三十代を含めることもある」という具合に何時も通り実に素っ気なく記しているけれど、僕自身の日本語センサーによれば、青年という年齢範疇に「女性」は入ってこない。ジェンダーバイアス云々の面倒な話は同好の士だけでやってもらいたいのだけれど、ともかく、「少年」という言葉同様、「青年」という言葉にも抜きがたい「男くささ」がある。なぜだろうか。なんだか厄介で難しいね。ちょっと似たものとして、サラリーマン(もうウンザリするほど俗悪な言葉だな)というものもある。後から出て来たサラリーウーマンというのはかなり言いにくいし音としてもイビツだ。そもそも定着していない。言葉と性の問題、これはこれで沢山の問題提起と膨大な研究があるから、うかつに扱えない。

僕が青年と聞いて脳裏に表象されるのはちょうど、埴谷雄高の『死霊』に出てくる三輪与志のように陰鬱で取り留めのない宇宙論にばかりかまけている気難しい高等遊民だったり、『カラマーゾフの兄弟』のイワンやアリョーシャのような過度に純朴だったり(勿論この純朴も途中劇的に変質するのだけれど)、過剰に知性的な若者の姿だったりする。そういえば、一九世紀半ばのロシア文学に「余計者」という人物類型が登場したでしょう。物凄い知性と教養に恵まれながら無気力で現実を直視しない没落貴族。たとえばツルゲーネフの『ルージン』とかプーシキンの『エブゲーニー・オネーギン』、ゴンチャロフの『オブローモフ』がその典型。あの「余計者」に共通する現実遊離の性質が、「青年」の必須条件と僕は思うのです。「現実的な青年」なんて言い方は、丸い三角形というのと同じで、形容矛盾。

だから、青年と聞いて反射的に想像される人物類型は、大概決まって「三輪与志」的なものなのだ。その凄愴の気において、彼こそ、ロシア的「余計者」の最終形態という観がある。埴谷雄高がこんな特殊変態の人物を造形できたのは、彼自身のなかに三輪与志の心性がどっしり居座っていたからに違いない。たしかに古今東西、いろいろな作家が色々な「青年」を造形してきた。でもどれも正面から「青年」と呼びたいものではない。『太陽の季節』に描かれた群像も青年とは呼びたくないし(クソガキではあるけれど)、「若大将シリーズ」の群像も純性の青年とはいえない(この辺の判断は極めて主観依存性が強いのだけど)。何に比べても三輪与志ほど魅力的で「病的」な青年はいない。端的にいうと、「三輪与志」的な成分を含まない青年は、決して青年とは呼べない。そういうのは「青年もどき」とでもいうべきものだ。真性の青年は一つの問題だけに沈没しているから、いつも途方も無く無気力で途方もなく現実遊離している存在である。

要するに青年はモラトリアム(支払い猶予)の特権に甘んじながらも、どこか精神の安定を欠いていて、そのために始終鬱然たる宏大な黒い想念をいつも頭蓋に秘めている。自分の「存在」とぴったり重なることができない。青年はいつも、揺れている。大いに揺れている。このすさまじい振幅を示す揺らぎだけが彼らの存在意義を形作るくらいに。その想念は計算高き「人生の欲望」に汚染されていない。預金残高を始終気に掛けたり住宅ローンの選択に余念のない所帯じみた生活人を見下す暇もないほど、彼らの一部は自分の思考と想念に夢中になっている。夢中にならざるをえない。言い方を思い切って換えれば、青年というものは、自分の存在そのものを「哲学」の生贄として捧げることを毫も厭わぬ人間のことなのだ。冒頭に挙げた著者が美しいと感じたのはきっと、そういう欲得なしの純性に探究心に他ならない(うん、なんか色々勇ましいことを書いたので、もうそういうことにしておこう)

周囲に養われているにもかかわらず、彼らはしばしばあらゆるものを敵視し、攻撃し、薄汚れた社会や歴史を舌足らずの言葉で弾劾する。「大人の嘘」をあばき、「友人の無理解」に憤り、「生ぬるい日常」を否定し、「それなりの将来設計」を粉砕する。

繰り返すけれど、このどん詰まりの八方ふさがりの不安定のなかに、青年固有の「純潔」がある(もちろん当の青年はそんな言葉を「ふざけるな」と一蹴するだろうけど。少なくとも僕が当の青年なら、ただでは済まさない)。

青年はかならずしも年齢のみで規定されるものではないが、だいたいにおいて人は年齢通りに「鈍化」する。劣化する。退化する。いつの世にも「永遠の青年」などと自称する木偶の坊がいるけれど、僕にはそんな酔っ払いの自己顕示みたいな宣言をまともに信じる度量がない。「永遠の青年」を自称する人々は、「青年」でありつづけることがどれだけ「生きにくく」、どれだけ「無惨」な情念と自殺衝動に満ち溢れているかを、あまり考えようとしない。「青年」というものは「青年」を失った人間の眼には美しく映るけれども、青年当人は時に発狂寸前の情態であったりするのだ。それでも青年はただ考えるためにのみ考えている動物であるから、「俺は青年だ」などと自己を客観化する薄汚い意図も時間も余力もないのである。

老いた革命家を想像するのが難しいように、年老いた煩悶者を想像することもまた難しい。事実煩悶ほど普遍的な心理様態はないにもかかわらず、その煩悶と最も親和するのはほかならぬ青年なのだ。だいたい五十年くらい前、五木寛之に(僕はこの老作家のエッセイは大半読んでいるけれど、小説は『青春の門』の最初の二三巻しか読んでいない。それにしてもこういう括弧注釈はただでさえ読みにくい悪文を更に読みにくくするので以後極力使わないことにします)、『青年は荒野をめざす』という小説が出て(ザ・フォーク・クルセダーズの歌もいいけど。舌も乾かぬうちにまた馬鹿括弧)、大変流行したことがあるけれど、この「荒野」というイメージ、今思えば絶妙の言語感覚と唸らざるをえないものだね。いや本当。これお花畑では噴飯ものだし、草原じゃまずい。沙漠もなんか違う。青年がめざすのは荒野でなければならない。ヘルマン・ヘッセの『荒野の狼』(Der steppenwolf)は僕の偏愛する作品の一つだけれど、この荒野の心象も「青年的なもの」と実に親和性が高い。青年の眼下に広がるのは、強靭な雑草だけが点点と生えている殺伐たる地平でなければ、どうにも間が抜けてしまう。

林房雄の『青年』や森鷗外の『青年』についても何か一考加えるつもりだったけれど、なんか詰まらないというか細かい話しか思い浮かばないので、「悩める青年たち」の雑談はこの辺で収めます。フィクションを通して「幕末の志士」に憧れる人々が戦後絶えない理由の考察もいずれまた。

目下の問題は、どうやってこれを別役実の童話集に架橋するか、ということなのだけれど、それは大したことではないのだ。ある話を殆ど無関係の話にリレーすることについては、もう慣れている。昔から何千何万回もそんなことしてきたのだからね。

 

本作に限らず、劇作家・別役実(べっちゃく、という読み方が本当らしい)の筆になる数多くの童話については、不気味で不条理で時に大味に過ぎて取り付く島が殆どないのだけれど、読後、不思議な酸味が口に生じることがあるのだ。これっぽっちも目出度い結末でないのに、さばさばした気になれる。例の薄汚れた想念に浸食されていないためだと、僕は思う。

最後にこれだけはどうしても言いたい。

「青年は大志などという下らぬものよりも哲学を抱きなさい。というより哲学という白鯨に呑み込まれてしまおう」

 

淋しいおさかな (PHP文庫)

朝倉かすみ『感応連鎖』(講談社)

感応連鎖 (講談社文庫)

 (未定稿)

 

むかし読んだソ連ジョークに、こういうのがあった。

ある有名女優が舞台監督に注文をつけた。「わたし根っからのリアリストだから舞台のシャンパンは本物にしてよね」そこで監督は陽気に言った。「よろしいでしょう。ただし第三幕の毒薬も本物ということになりますが」

リアリズムとはぜんたい何か。いい加減教えてほしい。実を写すことが芸術的リアリズムの理念だとすれば、どうして経験世界の「実」では満足できないのか、と嫌でも思ってしまう。「人間のありのまま」が経験世界では最初から隠蔽されているからこそ、文学はそのベールを剥ぎ取らねばならないのだ、という向きもあるにはある。「現実」にはノイズが多すぎるのだと。けれどもそのノイズそのものが社会のリアリティを表しているのではないか、と言うと、ノイズは本質的には重要なことではない、と。

 

 

とでもいうのかな。

「実」とは何か。

 

 

演劇や文芸はたしかに虚構で、虚構は「つくりもの」なのだけど、その「つくりもの」が経験世界の鏡像を偽りなく映し出していると思われる瞬間がある。古今東西に色々の演劇・文芸が普及する理由の一端はおそらくここにある。

 

およそジョークの解説なんか最低に野暮な作法だけど、この笑いにどこか深い陰影を見た気がするのは、いったい芸術的リアリズム(日本ではしばしば「写実主義」)とは何であるかを嫌でも考えさせてくれるからなのだ。出版人はドストエフスキーをよく「魂のリアリズム」なんて激賞するものだけど、それは彼の文学が「人間の実態」をありのままに活写しているからなのか、よくわからない。何かをありのままに描くという表現様式にも、実に色々の違いがあって、単純な括りはこの際無意味だろう。「著者の感傷を一切排して全てを描き切る」という作法だけが「リアリズム」ではない。うんそうだそうだ(国会のヤジ)。「現実世界」とは全く無関係な舞台装置を介して「人間の本質」に迫るという表現作法も現にある。第一未来空想小説なんか「経験世界」とはかなり無関係だけれど、そこでの人間たちの「心の動き」は今の我々とそう隔たっていない。その恋愛心理も権威への服従精神も金銭フェティシズムも、ウンザリするほど現生人に似通っている。「人間の性質」は未来永劫不変であるという、作者の暗鬱な人間観を滲ませているつもりなのか、そのへんのことは分からないし、まずどうでもいい。ただ重要なのは、どんな世界あるいは時代の、どんな人間、生物、事柄を描くしても、言葉と表現様式からはそう自由になれないのだということ。こと文芸に関してはまず、文字の縛りを逃れることはできない。ラングの縛りもある。程度の違いはあれ論理の縛りからも自由になれない。自由になれないとは、要するに、表現活動に置いて常にその作用を意識しなければならない、ということである。

たとえばあるワグネリアンバイロイト音楽祭で感極まる。それは他者に伝達したい。けれども彼がどれだけ、「言葉などではこの感動は伝えられない」などと表明しても、その感動の様相はまるで伝わってこない。「音楽印象」の言辞化が不可能であることなど、大抵の人は知っているからだ。にもかからず、ニーベリングの指輪の感動に打ちのめされた彼は、これを文章で表現したい。文章で表現する以上は、どうしても他者の了解を前提とした言語運用を心掛けねばならない。社会的等質的な意味作用を内包した言葉を一定の規則に従いつつ選択・表現しなければならない。自分だけにしか通用しない言語(自己言語)は、文字通りナンセンスにおわる。言語運用は本質的・機能的通用性と常に一体となった活動なので、「自分だけの言葉」という発想は、それ自体、無内容の後発的産物なのだ。それに、かりに「dfじうぇjふぇっをふ:::ぁをふぃをfwq」というパターンの自己言語があって、それが彼のワーグナー体験の感激心理を刻印するものであったにしても、その自己言語もまた「文字の縛り」にはきちんと従っている。縦書きとか横書きという文章作法にも従っている。もしそうした文法・文章規則一切を無視した行為があったとしても、それが表現と呼びうるものかどうかはかなり怪しい。もっというなら、「われわれ」は常に心の表現活動において、挫折しているのだ。言辞表現と現感覚が合致することなど、ありえない(両者は質的に断絶している)。だってそうだろう、甘栗をくっても「おいしい」、マグロ丼をくっても「おいしい」。「おいしい」という言辞の適応範囲を盲目に拡張しないことには、こういう乱雑なことにはならない。「感応のグラデーション」に対して、「言辞のグラデーション」は絶望的に粗雑であるのだ(言辞化不可能性と言辞化行為の「禅語録」の問題とも関わってくる)。

 

「経験世界」に即していない全ての文学表現が「ファンタジー」

 

 

むかし舞台上で本当に拳銃自殺をした役者がいたけれど、

 

 

文芸の枢軸価値はその虚構性ゆえに暗示的でありうる感応経験のうちにある。虚構であるにもかかわらず、ではなく虚構であるから、という点がみそだ。

じゃ、日本の標準的文学様式がリアリズムに

 

万引きリアリズムはたとえば

 

ソ連ジョークにリアリズム派だから本物のシャンパ

 

 

子どもに自分の理想を一方通行に投影して「かくあれかし」と願うのは人情の常らしい。けれども、いま必ず言えることは、「他者は自分の思い通りにはならない」ということだ。絶対に。世の中確実なことなど殆どありえないけれども、これだけは永久に変らない。他者は人の思い通りにはならない。およそ生物の世界に「思い通り」などありえないということを、人は挫折と失望のうちに学ぶ。

「自分」が「世界」の中心にあり、その「世界」が自分の意志・行動によって思い通りになると辛うじて信じていられるのは、乳幼児のごく短い期間だけ(この期間さえ持てない個体もある)。この期間だけは、泣きわめけば養育者がオムツを変えてくれるし、むずかれば全身であやしてくれる。いつまでもそうはいかないのが生物界の掟。自分の場所が宇宙の中心ではないことを思い知らねばならぬ瞬間が必ずくる。「実はこの世界は、自分の存在のことなど忘れているのではないか、あるいは殆ど気にかけていないのではないか」という不安を懐胎する瞬間がくる。「人間」が絶えざる「自己相対化」の運動に巻き込まれてしまうのは、この瞬間からだ。

 

というよりも他者が自分の思い通りになると考えていること自体が、すでに病なのだ。

 

 

 

*****(以下文案ごみかご)

力士に「ソップ型」と「鮟鱇型」の類型分けがあるように、ノベルにも「カルピス原液型」と「ビール型」の違いがある(一人合点)。ごく大づかみにいって、原液型のそれは濃厚すぎて決してさらりとは読ませない。喉が焼けそうになる。全体の基調は毒々しく辛辣で、心理描写にも人物描写にも仮借がなく読み手に息継ぎの隙を与えない。原液型ノベルは読者に対する本気の挑発表現でもある。「これが人間なのだ、目くそ取ってよく見ておけよ」と素手で臓腑をえぐりだす解剖学者のよう。

ねちねち(この擬態語はカタカナで書くといまいち粘着力が出てこないから注意)した執念深い冷徹の描写といえば、たとえばどんなものを言うのか。

引用はいちいち骨だから、何か例文をひとつ考えてみる。

「花瓶の水を随分長く換えていないのでアオミドロのような腐臭が湿った畳の臭いと混ざりあっていた」

適宜薄めながらでないと喉が焼けそうになる。

 

ノベルを読んでいてこれだけガツンと面食らったのは、フランコナリー・オコナーの『賢い血』以来の二か月ぶりだと思う。同じ著者のものは前にもいくつか読んでいて、たとえば『田村はまだか』(光文社)の感触は今でもよく記憶しているけれど、あくまでそれは山海の一珍味としてに過ぎなかった。今回のは、その辛辣さと観察眼の冴え渡りにおいて、尋常ならざる作物になっている(この「尋常ならざる」という修飾語法ずいぶん好きだな。たぶん一週間に三回は使う。尋常ならざるものがそんなにあるのは変だけど)。「小説で考える 自意識の病理学」というふうな副題を添えたくなるくらい。

とうとつの問題設定だけれど、いったいノベルとは何のためにあるのか。これが重要です。ノベルを

 生身の人間が生きるということは、不愉快な隣人たちと何とか折り合いつつ共存していくイバラの道程であると思う(道程という言葉の価値負荷性が気になるなら、妥協とか順化と言い換えてもいい)。

これは「絶対者」ではありえない社会的生物の悲喜劇でといってもいい。この条件なくしては「地獄」も「涙の谷」もイプセンの問題劇もありえない。人間の存在様式はその根底において既に社会化されているから、「個」を中軸に据えた「世界観」など大半が虚妄なのである(思わず使ったけれど、これなかなか恰好の付く言葉だね。虚妄虚妄。今度誰かに会ったら「その発想は虚妄に近いよ」と言ってみたくなってきた)

この「社会化生物」というのは、何も生存面における他者依存のみを指すのではなく、その世界認識面においての他者依存も示している。どういうことか。それは、「私」という存在が既にうんざりするほど「世界(社会)に出遅れている」ということに尽きる。出遅れているから、「私」は当然「何も知らない」。何も知らないからこそ、涙ぐましいほどの「生得的努力」を以て「社会における生存の作法」を必死に覚えなければならない。当人はその学習過程に無自覚かもしれないが、この努力は極めて差し迫った悲痛の合理性を反映させている。ああ考えてみてくださいよ。「とりあえず養育される」というだけでもなかなか生物としては得難いことなのだから。生きるために食う、大変なことだ(食うために生きるのが文化であると言った人もあるけれど)。寒さから身を守る、これも大変。社会的に孤立しないように努めるのも実は大変。

生存の作法いわゆる

「私」よりもずっと先に「あなた」があり、「彼彼女ら」がある。逆ではない。

不愉快への耐性、生活ノイズへの耐性、社会的「不条理」への耐性。「耐える」などと書くと何だか一方的な痩せ我慢の様に響くけれど、それ大いに違う。いつも痩せ我慢ばかりしていると思っている人間もまた他者に痩せ我慢を強いているのだ

 

 

**********

どんな種類であれ何かのノベルを読んで、とことん面食らうという経験は、人間、あるようでない。これは大変なものを読んでしまったぞ、というふうのメリメリした緊張感覚は、得ようと思って得られるものでない。

なぜなのか。身も蓋もないけれど、作品が悪いのだ。ほとんど。面食らう、恐怖する、戦する、という経験に突き落とすだけの潜在力が、その作品に乏しいだけなのだ。僕はこれ以外の理由を挙げることができない。未熟で馬鹿な読者が俺の高尚な思想を理解できないだけだよ、みたいに嘯いている作り手も巷にはあるだろうけれど、僕はそういう小児病的な貴族主義を笑殺することこそ「知の良識」であると信じている。歴史をみれば、秀でた思想は伝達努力と相即不離

 

受容者の心的作法とか置かれている立場云々なんか、ぜんぶ嘘っぱち。本当。

 

 

これはおよそ人間による文芸作物全体に通底していることだけれど、ある程度まとまって完結した

 

どんな血なまぐさいサイコスリラーであれ、どんなシビアな問題劇(いやもう骨董品みたいなジャンル名だね)であれ、読者観劇者

 

こんなの所詮作り物じゃない、と常に心の隅でささやかれているからです。

本当はあったほうがいいのだけれど、

難なく読み終わって、

 

『世界の名著〈第22〉デカルト』(中央公論社)

現在の中央公論新社に「世界の名著」という名高いシリーズ(全八一巻)があって、これについて思うと僕はこもごもの感慨をどうしても抑えられないのだ。どれだけ心拍数をあげて読んだか知れないよ。旧約・新約聖書も最初はこれで読んだ。パスカルの『パンセ』もモンテーニュの『エセ―』(抄訳なんだけど)もフロイトの『精神分析学入門』もデュルケムの『自殺論』もマルサスの『人口論』も勿論この叢書で初読した(この「初読」のサ行変格活用はいいね。新しくないか。歴史的用例だよこれは)。この叢書経験はそのまま「世界思想との出会い」だった。桁違いの知性との直面。知的豪傑からの呼びかけ。陳腐な物言いだけれど、「叡智」の存在に気圧されてしまうという経験は、人を否応なく謙虚にするのだ。「もう馬鹿の無知ですみません。あなたの叡智のお零れでもせめて」というふうな礼儀作法で書物に向き合わねば、人はついに何も得られない。

 

本叢書は「高校生でも読める」よう編集されていたらしいので(どこかの薄っぺらい「評論家」が高校生時代にこの叢書を読破したと吹聴していた)、訳文はいくぶん平明で、注釈も懇ろに記されている。結果ずいぶん広く普及した。「世界の名著」と言えば、読書人なら大抵一度ならず見聞きしているはずだ。すこし前の世代なら、感傷と懐古なしには語れぬ挿話が一つや二つ胸中に仕舞い込んであることだろう。

当然今でもよく見かける(もちろん古本ね)。知る限り高くても五〇〇円くらいで入手できる。発行されたのは凡そ一九六〇年代後半から七〇年代後半にかけてであり、たしかにいささか古くさい面もあって、たとえば「孫文毛沢東」や「レーニン」などが堂々一巻組まれているところなどに少し「政治の季節」を嗅ぎ取ってしまうのだけれども、ぜんたいのラインナップは実に広汎重厚多士済済、いまでもじゅうぶん熟読に堪えるものだ。いったいバラモン経典からウィトゲンシュタインまでのコンテンツを広範に抑えているのだから、編纂者も力瘤のいれかたが違う。

 

とくに、四五巻のブルクハルト『イタリア・ルネサンスの文化』、五五巻のホイジンガ『中世の秋』、五六巻のマンハイムオルテガ(『イデオロギーユートピア』『大衆の反逆』)の出来具合は素晴らしかった。編纂の動機はどうあれ、これだけ質の高い著作群を廉価販売することの出版史的意義は極めて大きかったと思う。二十歳前後最初に手にしたハイデッガー集『存在と時間』の訳文には正直閉口したけれど、それはそれで痛快苦渋の洗礼に違いなかった(現在は岩波文庫から懇切丁寧な熊野純彦訳が出ている)。興に乗ってきたのでもうちょっと続けますよ。

個人的にでなくて世間的にも評判が高いのは、五九巻の「マリノフスキー/レヴィ=ストロース」ではないかな。抄訳だけど、当時『西太平洋の遠洋航海者』が訳出されたことの価値はなかなか大きかったと師匠がすこぶる褒めていた(今は文庫本でも種々読める)。

 そしてデカルトの巻もなかなかよかったよ、というのが今回の趣旨なのだ。野田又夫の解説で、世界論、方法序説省察、哲学の原理、情念論、書簡集がまとめて収録されている。要領のいいデカルト入門だね。岩波文庫で一冊づつ揃えるより、とりあえずここで主著はあらかた読める。僕もそのむかし熱心に読んだものだけど、特段訳文に不愉快を覚えることもないから、じゅうぶん人に推奨できる代物だね(尤も僕はひところ法政大学出版局のウニベルシタス叢書に鍛えられたおかげで、読みにくい訳文にも相当強くなっているのだけど)。もしアイドルの気違い染みたストーカー心理のごとく「自分はデカルト様に選ばれた」って気になれば、すぐにグーテンベルクプロジェクトのサイトから原語原文をダウンロードして精読研究すればいいのだ。人が本を選ぶのでなくて本が人を選ぶ。この際常識を翻然裏返すのだ。「お前は私を理解できる、いいか、耳の穴かっぽじってよく聞くんだ」、この曰く言い難い読書経験はいつの世にもあって、時空を超えた精神的師弟関係はこの契機を以て始まるのだ(そのことは内田樹が強烈なレヴィナス体験を通して熱弁をふるっている)。

 

デカルト(一五九六~一六五〇)は、今日的知見から見ると間の抜けたことも沢山考えている(もちろん今日的知見がぜんぶ「真」なのでもない)。とくに天体論や自然論にみるべきものは少ないけれど(歴史資料としては別)、彼の本源的な哲学姿勢、すこしでも疑い得るものは偽と見なし、すこしも疑いえない絶対確実の認識に立脚したうえで全ての思索をはじめようとするスタンスの開発・徹底は、ほとんど英雄的といってもいい(懐疑癖が肉体に沁み付いていない人間からすれば余程病的に見えるだろうが)。この懐疑がどんな過酷な段階を経るのかは読んでほしいですね。何につけネタバレは禁忌。彼の冴え渡る知性の一端を窺い知るのに、その論法のスリルを味わうに如くは無いのだ。

ところで、あらゆる人間のなかで僕は哲学者を一番尊敬している。自分の脳で底知れない世界と対峙している思索者に畏敬の念を抱かない人などあるものか。彼らは「何も分からない」という絶望の淵に立ったうえで思索を開始している。そこから踏みこむ一歩。それだけでもう格好いい。

アリストテレスプラトンエピクロスニーチェキルケゴールフッサールハイデッガーサルトルも、皆凄まじく炯々たる眼光を持していたはずで、この眼光がまた底知れない愁いと勇気を湛えていたに違いないのだ。それに比べたら、政治的英雄などウンザリするほど粗野で愚鈍な俗物ばかり。何かひとつ属性というか呼称を選べるとしたら、何としても「哲学者」として死にたいものですね。「本物の知性」という部面からみると、哲学者以外は「話にならないだ。」いや本当に。

 

人は何のために生きているのか、という種類の問いかけは嫌いでないけど、そこに青春風を吹かした自己陶酔的ポーズが寸毫でも混じるのを見てしまうといつも、目いっぱい唾を吐きかけてこう罵りたくなる。

「意味みたいな不細工なものをいちいち了解している生物などいないぞ、この青二才め」

 

とはいえ(とはいえ、なんか随分久しぶりに使ったな)、「なんで」という問いには何か抗い難い色気というか、甘い蜜のような芳香があることは十分承知している。うんざりするほど。ただ僕は、この「なんで」を含んだ言明が世の中に満ち溢れている一方で、この「なんで」そのものの正体に切り込んでいる言明がおそろしく少ない事実に苦言を表明したいのだ。「なんで」そのものを哲学の対象にしないと、この問いに参入できないと思うのだ(一字でも節約できるので以下は「なぜ」に統一)

 

「なぜ」を含んだ文言は、何を以て最適解(至上解)としうるのか。荒っぽい言い方だな。「なぜ」の発問を十分に満たしる応答の条件があるとして、それはどのようなものであるのか。まだ荒っぽい。そもそも本質的に「なぜ」とは何か。これでは愚問の見本みたいじゃないか。うんとね、いま苦渋してまで何がいいたいかの一端でも示すためにはどう言えばいいかな(不愉快過ぎて掌に脂汗が滲んできた)。ようするに、「なぜ」という機能要素の「正当性」をいかにして把握するのか。駄目駄目。

「なぜ」という「言明要請」に応答しうる「最終言明」においては、いかなる「言明要請」の可能性をも認められないのか。ちょっと近づいたかな。

 

例えばこういうこと。「なぜこの宇宙は存在しているのか」という悪評高い発問(=言明要請)があります。なぜこれが「問題含み」かというと、発問受容者の解釈次第で、この「なぜ」はどのような様相をも帯び得るからである。

ある解釈者は、「この宇宙で生きる我々の使命」という目的論的テイストをあらかじめ与えているかもしれないし、ある解釈者は「自然科学的解答」(例えばインフレーション宇宙モデルとか)以外は全部言葉遊びだというスタンスからこの問いを受容するだろうし、またある解釈者は「無は論理的に自己否定概念であるから何ものかが存在していることは自明である」という種類の哲学的命題に立脚しているかもしれない。

当然その立場によってめいめいの「最終言明」の種類が大きく相違する(厳密にいうと、「統一的自己」のなかでさえ「単一の問い」などありえない。昨日の「なぜこの宇宙は存在しているのか」という問いと、今日の「なぜこの宇宙は存在しているのか」という問いとでは、受容の仕方において僅かに相違しているからである)。

同じ発問がそもそも様々な位相・含意で解釈されてしまうのだ。これはヒトのコミュニケーション行為においてはどうしても避けがたい事態なのだ。「問い」は決して「単一」ではない。「われわれ」は答える以前に問うことさえまともに出来ないくらい朦朧たる内省状況にある。常に「言葉の非同一性問題」に直面しなければならない。

考える者の多くは大体この段階で絶望する。だがここで諦めて発狂してはいかんぞ。全ての思考行為はこうした言語運用の危機的状況からようやく始まるのだ。

とりあえず重大な暫定命題をひとつ。

「ある発問に対して十全に応答しうる言明は存在しない」(≒発問を充足させる最終言明は存在しない)

なぜなら、発問の意味的構成要素は「単一解釈」を可能としないからである。

「なぜこの宇宙は存在しているのか」という発問を荒っぽく構成要素に分解してみると、「なぜ」「この・宇宙」「存在」というふうになるね。じゃあこれらの発問要素をめぐって何か確実に「了解」されている共通的特質があるか、考えてみよう。

「なぜ」って何なのさ、「この・宇宙」っ何なのさ、「存在」って何のさ、あんたあの子の何なのさ(笑ったかな、というより理解できたかな)。

 

それだから、答えられないことは聞くな、という俗流の応答様式には、それなりの根拠がある。答えられないことは聞いても答えられない。これ以上さっぱりした言明はないよ。

答えられないことは沈黙しなければならない。「なぜこの世界が存在しているのか」という問いを満足させうる知的資料は存在しない。『創世記』を開いても『神学大全』を開いても『利己的な遺伝子』を開いても『存在と無』を開いても分からない。永久に。いかなる発問においても、知的欲求不満は必至なのだ。この辺はいずれもっと詳細に述べようと思う。問いの中には問いがマトリョーシカ人形みたいに構造化されている。というより、上記の理由で問いそのものの足腰が弱すぎて曖昧性を免れえない。

 

私見だけど、「人間の生きる意味」などを飽きずに問い続けるより、この「問うことの不可能性」を微細に分析し続けるほうが、知的パフォーマンスにおいてより大きいと考えています。問うことは答えること以上に難しい、というより不毛である、という認識。何かを確実に知りたいという欲求に憑かれるのはつらいことだろうけれど(満たされないから)、それでも問うことをやめないのが人間の性。人間だもの(いや人間って何んだ)。

ずっとずっと「最終言明」の幻を追い続けるのも一興じゃないですか。問うことの欺瞞と曖昧を凝視しつつ、しかし問うことに一縷の望みを愚直に追い求め続けるのも。オアシスを求めつづける沙漠のキャラバンのように(こんな月並みの直喩しか思いつかないのか)。

自分の「確信」や「直観」をひたすら「括弧」に入れ続ける勇気を欠いた人間は、哲学者にはなれない。思索者にもなれない。その真似事さえできない。

「創造主がつくられたから」というふうな出来合いの形而上学的命題をひたすら再生産していれば事足りる「宗教者」より、やはり、こういう過酷な宙吊り状態に耐えられる思索者に僕は憧れるのだ。

いちどデカルトに対面して、 思索に耽ってみてください。

世界の名著〈第22〉デカルト (1967年)

長谷川洋子『サザエさんの東京物語』(文春文庫)

 

長谷川三姉妹の三女・洋子による回想記を読んだ。ちなみに漫画家の町子は次女。インサイダーである妹のもの語りだから、多少偶像破壊の気味もあって愉快だった。長い間、労苦をともにしたぶん不満も少なくなかっただろうけれど、末女ならではの清濁併せ呑むような書きっぷりがいい。

サザエさん」は、一九四六年から夕刊フクニチに連載された(一九五一年から朝日新聞)。ところでなぜ女主人公がサザエなのか。本書の著者がいうには、志賀直哉の短編「赤西蠣太」に登場する御殿女中が〈小江〉(さざえ)であったことと、当時一家の住まいが海岸沿いであったことに由来しているらしい。教養深い人なら「ああ、あれね」とすぐ得心がいくのかもしれないけど、僕は題名さえ聞いたことがない。だいたい僕は志賀直哉の魅力がずっと分からないのだ。それはいまいいか。

 

信じる信じないは別として、日本人の五十人に一人はサザエさん一家の構成を誤解している、というまことしやかな伝説がある。具体的にいうと、カツオ君の母親がサザエさんその人であるというのだ。その誤解に基づけば、波平とフネはカツオワカメの祖父祖母ということになる。これは笑いの種にとどまらず、色々の議論を引き起こす元にもなったのだ。問題は、その誤解された家族構成でもさしたる違和感がないということだ(マスオさんがカツオワカメの父親だという誤解は多少無理があるけれども)。

サザエさんとカツオなどはどうみても年が離れすぎている。核家族以前の当時の標準的サラリーマン一家庭では、この手の姉弟は珍しくなかったのかな。それともたまたま町子(一九二〇~一九九二)の思い描く家族にそうした家族モデルがあったのか。どうにも気にならないわけがない。本書の「元祖マスオさん」の章に貴重な記述がある。

 

《他家を訪ねることなどほとんどない町子姉は、標準的サラリーマン家庭の日常については知識がなかった。

それでよく『サザエさん』が描けたものだと思う。サザエさんの父親の波平さんも、夫のマスオさんもともにサラリーマンという設定なのだから。

後に私が結婚し、やがて次々に女の子が二人産まれると、同じ屋根の下に普通のサラリーマン一家が出現したわけだ。私達が結婚するにあたり、母の頼みで夫は長谷川家に同居することになった。今で言うマスオさん現象のハシリである。》

改姓しないで妻の家に同居する夫の事を俗にマスオさんという。これは色々の権威ある中型辞典に堂々記載されているくらいだから、既に俗用の範囲を超えている。ただ平成生まれの人びとに断りなく通用するとは思わない。今後ますますそうなるでしょう。かつての「出歯亀」(のぞき常習者)や「みいちゃんはあちゃん」(趣味教養の低い若者)と同じように。

 

ほぼ同世代の放送作家兼小説家の向田邦子(彼女は天才です)の場合でもそうだけれど、家族を題材にものを書き続ける人間は、だいたいにおいて最も身近な家族をモデルにしている。当人が「否定」しているときでさえ、作品はなんらかの影響を受けているものなのだ(特に母親や父親の描写に生々しく出てくる気がする。理想的描写であれ写実的描写であれ)。

 

ニューアカ臭の沁みついた厭味ったらしい「サザエさん分析」とは違った、この近親者によるサザエさんの誕生喜劇に一時の間浸ってみるのもいね。


******(以下未定稿断片)

 

 

波平なんか禿げてなくなってサラリーマンのパパという感じがしない。どうして長谷川町子はこんな誤解の危険をおかしてまでこのキャラクター設定に踏み込んでのか。長谷川町子の生きた時代ではさほど珍しくないことだったのか。これが長い間の疑問だったのである。

サザエさん」というこの漫画のルーツはどこにあるのか(しばしば日本版「ブロンディ』と称されたけれども、そもそも「ブロンディ」という外国漫画を知っている人のほうが少ないからこの喩えは全く駄目)。

ほぼ同時代人の作家・向田邦子でもそうだけれど、近親者がそのモデルになるケースは珍しくない、というよりも本人が大否定しても意識化でなんらかの影響は受けている。絶対に。

 

むかしの「都市標準家族」ではさほど珍しくはなかったのだろうか。それとも、

もちろん違いますよ。サザエさん一家には祖父祖母は不在なのです。

 

サザエさんの東京物語 (文春文庫)

山本作兵衛『画文集 炭鉱に生きる(地の底の人生記録)』(講談社)

 ちょっと文学風にいうなら、頃日、気鬱の虫がやおら集きはじめている。

フランク永井を聴いているときも憂うつだし、モーツァルト弦楽四重奏曲を流しているときも憂うつ、書評ブログを書いているときも憂うつ、ヒカキンとかその他雑多の底辺YouTuberたちを見てケラケラ笑っているときも憂うつだし、『百年の孤独』を読み直しているときも憂うつだし、バッティング練習をしていても憂うつだし、羽生結弦に見惚れているときも憂うつ、同志と形而上的激論を交わしているときも憂うつ、無銭旅行をしているときも憂うつ、アパート裏で勝手に摘んだ柿をかじってみてやたら渋かったときも憂うつだったし、大量のパンと野菜を土産にもらったときも憂うつだった。憂うつなんて問題ないさ、みたいな安直な生活記事を以前大量に書きちらしては売文してきたけど、やはり全部嘘みたいだ。懺悔しないといけない。「憂うつに解法なし、人類に救いなし」というのが目下絶大の確信なのである。最初からとことん本題と没交渉だな。

けれども僕はそもそも読後録など畢竟随想以外の何ものでもないと観念しているから、何を書いてもいいのだ。書くことの目的は書くという筋肉活動にある。人間はものを書くことで自己と社会を超越できる、などと赤面せずに叫んでいられたあの時代が懐かしい。何か快楽が必要なのだ。快楽、快楽とは何か。すくなくとも僕は知っている。快楽とは、一口にいうと、「そこに肉体的・物理的制限のもとに存在していない」ことだ。ギャンブル快楽、薬物快楽、房事快楽、文筆快楽、快楽のバリエーションはまことに果てしないけれども、それらに共通しているのは瞬時の「不在感覚」なのだ。え、そんなのもう知っているって。生物が生きているということは、それだけで凄まじい受難なのだ。人間はこの「消えたい」という強烈な内的要求を満たすために、いろいろな変態性を身に付けて来た。僕はこれを以前、「不在快楽論」というの題のもとに素描して筐底に封印した。

第一、本の値段とか著者略歴とか概要なんかはアマゾンや楽天の方がうまくまとめてくれるのだから、僕みたいな思索幽霊は、結局何を言っているのか分かりかねる狂人の寝言じみた「所感」を気随気儘に書きまくって、ウェブ空間のもはや末期ともいえる言論汚染をより悪化させることしか出来ない。

 

二〇一一年、山本作兵衛の筆になる炭坑画の数々が「記憶遺産」なるものに登録された。記憶遺産とは何であろうか。この胡散臭い響きがかえって耳に快いのでその興味は一方ならない。一分くらいで調べてみると、これはユネスコ主催の世界遺産事業のひとつで、「後世に伝えるべき歴史的文書」などの保存の奨励を目的としているらしい。くわえて、デジタル化などにより世界中の人々がそれらにアクセスしやすくすることで、世界的観点からその重要性の認識が高まることをめざしている(百科事典マイペディアを参考)。まずもって気になるのは、何が重要で何が重要でないかを最終的に決定する基準はどこにあるのか、ということ。いいかえれば国家間の政治的小道具となる危険性をどう軽減しているのか、ということ。もうひとつは、実に取り留めのない話だけど、そもそも人類の歴史に「記憶されるべき事物」など存在しているのか、ということ。

たとえば既に「記憶遺産」として登録されている文書には何があるかを見てみると、その性格の一端が分かるかもしれない。フランスの人権宣言、アンネ・フランクの「日記」(俗にいう『アンネの日記』)、ベートーヴェンの第九の自筆譜(そういえばむかし閲覧したことある)、藤原道長の「御堂関白記」。 なぜか分からないけれど、こういう形で並べてみると、ちょっと切ない気になる。どうしても舌足らずになっていけないけれど、こういう文書類が国際的文化機関のお墨付きを得て鎮座してしまうと、僕など急にそっぽをむきたくなる。「文科省推奨映画」とか「推薦図書」を嫌がる天邪鬼的青少年心理と殆ど同じ原理だ。いま思うのだけれど、ほうっておいても記憶されるものは記憶されるし忘れられるものは忘れられる、と言ってはまずいのか。ユネスコなどが「記憶しましょう」と言わなければ何も記憶されない、という話は信じがたい。しかしやはりそれではまずいのか。難しい、難しい。ある「遺跡」を修学旅行の定番コースにしたり、繰り返し繰り返し「私たちはあの出来事を忘れてはならない」と無理やり回顧させることによる「教育的効能」を、これまで僕はろくに考えてみたことがなかった。「忘れられてはならないこと」と「忘れられないこと」はどう違うのか。歴史が悪夢に他ならないことは皆知っているけれど、その悪夢の断面図をいちいち覚えていることで避けられる悪夢などあるのか。一世代二世代三世代のうちで記憶して何とかなる問題などありうるのか。元来我々が後世のことなど本当に考えることができるのか。これを自分のつむじ曲がりの所為にだけにしていいのか、分からない。とうぜん僕は、「地球の為に」とか「子孫のために」とか「人類の為に」などと叫んでいる連中がぜんぶ自己欺瞞のインチキであることを知っている。そういうことを叫んでいる連中自身が実は自分の言葉など少しも信じていないことも知っている。けれどもこれと記憶遺産の話は微妙に違う気もする。

 

明治初年度から昭和三十年代の閉山までの炭坑現場の様子を窺い知る方法はいくつかあるのかもしれないけれど、七歳から筑豊炭田で働いていた山本作兵衛によるこの訥々たる画文集くらい、当時の現場の体臭を染みこませているものは少ない。「明治国家の殖産興業政策の影には無数の炭坑労働者がいて云々」という例の迷調子の、いわゆる「国民の歴史」による通り一遍の記述では汲み取りえない生の皮膚感覚が残っている。

ものを伝える方式にもいろいろあるのだなとつくづく感服した。「記憶遺産」の是非はまだ決着しないけれども。

 

画文集 炭鉱に生きる 地の底の人生記録 (講談社+α文庫)

 

 (以下ゴミ箱)***********

 

 

こんど神経過敏に効くらしい漢方薬を処方してもらおうか。このごろ何につけ雑音が気になる。嫌なのは、隣人の癖になっている空咳。聞こえてくると脳が委縮して動悸を打つ。耳栓をしたうえにドイツ製のイヤーマフ(四五〇〇円!)、さらに部屋中にエフエムラジオのホワイトノイズを程よく鳴らす。ここまでするか。ここまでしないと生きられないのだ。

 

**********

 

 

 ところで、ある地名なり事件名に象徴的な意味を含ませることで「人類共通の記憶」が出来上がっていくというこの一連の流れは、むかしからよくあったことなのか、僕は知らない。アウシュビッツとかチェルノブイリ、あるいは天安門などという響きのなかには明らかにその地理的固有名詞が本来意味する以上の多義性を内に含んでいる。その言葉のうちに何らかの悲劇的な「先行メッセージ」を感じとらないことは、今日ではよほどの無知努力を要する。考えてみると、地名というものは実は大体において、ある程度のシンボル性を帯電させているのだ。地名シンボル論については既にいろいろな研究がなされている。

長渕剛はある歌の中で「東京の馬鹿野郎と」と叫んだ。この「東京」のなかには、一国の単なる「首都」を示すもの以上の熱い思い込みが投入されている。ケツのすわりの悪い都会、夢に燃え上がる自分を苛めつづけてきた都会、というある種の愛憎交々の「個人的怨嗟」をぬきにして、この地名の多重的シンボル性はなかなか掴めない。

地域間の情報格差や生活格差の殆どない今日ではよほど同感しにくいことかもしれないけれど、三十年ほど前の固有名詞「東京」は若者が等しく憧れるべき「イコン」であったのだ。そうした当時の紋切り型の憧憬感覚を踏まえないと、いまの若者たちは、この詞の過剰な熱さに辟易しかねない(やがて「上京」という言葉も死語になることを僕は予言する)。

「パリ」「ウィーン」「ロンドン」「京都」と聞いて多くの人々が思い浮かべざるをえない「絵葉書的風景」もまたそうした象徴性帯電に過ぎないことを発見するのにもそう手間はいらない。「花の都」とか「芸術の都」とかいう美称は憧れの余り外の人間が勝手に名付けた種類のもので、それ自体が、これらの地名の誘発する様々な幻想の支えとなっている。

写真家の森山大道は名随想『犬の記憶』のなかで、観光商品としての「京都」以外の京都にも眼差しを向け、自分の個人ヒストリーに照らしつつそれを見事に述懐している。といって「古き良き日本」という当節流行のマヤカシにも陥っていないぶん、これはおすすめね。

日本ではヒロシマと広島は違う。フクシマと福島は違う。カタカナの前者はある惨事とそれにまつわる諸々の出来事を象徴し、後者はシンボル帯電こそ皆無ではないけれどとりあえずひとつの地名を指すに過ぎない。

三・一五事件、二・二六事件、五・一六クーデター、九・一一、三・一一というふうな、日付型の出来事も、ある種のシンボライズとは不可分だ(そういえば何とか事変と何とか事件の違いはどこにある)。こんな調子に今後も日付型の固有事件名をひたすら増やしていくとしたら、そのうち同じ日付に何か重大な出来事が重なってしまって、歴史項目がますますシンボル過剰になって、過呼吸を引き起こしそうになる。歴史嫌いの書生たちは、実はこれが嫌なのではないか。無表情無機的なシンボルに満ち溢れた、この叙述様式が。といって他に妙案があるわけでもない。

ある地名なり事件名に象徴的な意味を含ませることで「人類共通の記憶」が出来上がったという流れは、むかしからあったのか。アウシュビッツチェルノブイリ天安門なんてのは、その地理的固有名詞が本来意味する以上の多義性を内に含ませている。

 

 

 

島尾敏雄『日の移ろい』(中央公論社)

ずっとまえ長旅があって、車中、近現代の日本人作家をいかに短く端的に表現できるかという変妙な遊びでずいぶん盛り上がった。判定基準はぜんぶ恣意・直感。全然面白くなくても芯を捉えていれば高得点。名前を聞いた途端に想起されるフレーズをそのまま口にするほうが大体において出来がいい。「いいね」と思うものは決まって変な勘案や技巧を経ていないのだ。反射というか、口を衝いて出る感じ。たとえばこんなの(興に入って長くなってしまった)。

 

森鴎外⇒「子どもはむかしから高瀬舟ばかり読まされる。一種の国語拷問」

国木田独歩⇒「作品は三流。感度は一流」

徳田秋声⇒「自然主義文学史の学位論文を執筆している学生にしか読まれない」

幸田露伴⇒「現代語訳は恥ずかしいから無理して岩波文庫

芥川龍之介⇒「作家すなわち神経症という不当な関連図式をはからずも普及させてしまった戦犯」

夏目漱石⇒「好きな小説家を尋ねられたときの守護神。彼の初期の作品群の文体は飄逸味があって好きなんだけど後半は暗鬱過ぎて僕は苦手だね、とか何とか知ったかぶっておけばとりあえず通人っぽく聞こえるらしい」

井伏鱒二⇒「存在そのものがユーモア。あるいは、文章が上手すぎて真似さえされない」

筒井康隆⇒「本人はたぶんに真面目な常識人」

 

島田清次郎⇒「一〇万人に一人くらいしか名前を知らない。流行作家をめぐる人々の忘却曲線がいかに急勾配であるかを雄弁に語り続けてやまない」

正宗白鳥⇒「文化勲章を拒否しなかったことでニヒリストとしての晩節を汚した」

丸谷才一⇒「エッセイが代表作」

宮本百合子⇒「著作全集が古本屋で一五〇〇円以内で売られている」

大岡昇平⇒「形而上学的センスの致命的欠乏」

野間宏⇒「青年の環が岩波文庫に入っている理由が分からない」

堀田善衛⇒「明らかに過小評価されている」

瀬戸内晴美⇒「瀬戸内寂聴と別人ではない」

森茉莉⇒「テレヴィとか書いても鼻に付かない稀有な特権」

三島由紀夫⇒「本物の金メッキ」

吉川英治⇒「意識高い系からは伝統的に蔑まれている」

司馬遼太郎⇒「組織論やリーダー哲学をのたまうエセインテリ的経営者およびサラリーマンに愛され過ぎたせいで知識人には永久に愛されない運命」

山本周五郎⇒「ユーモアが絶望的に足りない」

池波正太郎⇒「ブックオフで中高年者が買いあさっている」

村上春樹⇒「スパゲティとジャズ」

深沢七郎⇒「陽気なニヒリストを演じるのに途中からちょっと無理していた」

武者小路実篤⇒「読むこと自体がジョーク」

石原慎太郎⇒「作者が長生きしすぎて作品は風評被害

新田次郎⇒「国家の品格のパパ」

埴谷雄高⇒「あっはとぷふい。文庫本でしか読んでいない人は負け組」

開高健⇒「行動派作家を気取ることの滑稽さを身をもって証明」

梶井基次郎⇒「本物の文学」

井上靖⇒「名前を聞いただけで退屈になる数少ない小説家」

志賀直哉⇒「長編は最悪」

太宰治⇒「文学青年は誰もが一度は真似したがるけれど誰も成功しない」

松本清張⇒「テレビドラマの原作者」

谷崎潤一郎⇒「もう最後の文豪とか言うな」

永井荷風⇒「歯並び」

泉鏡花⇒「日本文学上級者向け。高校生なら読んでいるだけで尊敬される」

上林暁⇒「知る人ぞ知る」

川端康成⇒「芸術的文体のおかげで辛うじてエロ作家のレッテルを免れる」

大江健三郎⇒「ウヨクからは読む前から攻撃される。本多勝一からは読む前から文体を攻撃される」

吉村昭⇒「堅実派。良識派。人に推奨したり買い与えたりするのに無難」

樋口一葉⇒「誰もが読んでいるふりをしているが実は誰も読んでいない」

安部公房⇒「失踪」

小林多喜二⇒「売れるからといってそこまで文庫化されたり言及される価値はない」

江戸川乱歩⇒「発禁」

五木寛之⇒「このごろでは洗髪問題しか言及されない」

椎名誠⇒「それを模倣した文体が出版界を汚染した」

星新一⇒「中学校の朝読書」

城山三郎⇒「男男男、暑苦しい」

遠藤周作⇒「硬派な純文学キャラと軟派なエッセイキャラのギャップを自ら演出している感じが平凡」

北杜夫⇒「同上」

島崎藤村⇒「まだ上げそめし前髪」

 

途中から面倒くさくなってきた。一見おそろしく下らない遊びだけれど(二見三見しても変わらないか)、人間昂揚しているときは何でも存分に楽しめるから不思議なのだ。こんなのでも適任の相手さえあれば、案外消閑の具になる。各人の嗜好や偏見が現れ出るだけではなくて、なかば偶像化されている作家たちをその祭壇なり神棚なりから無理に引きずり降ろす快感も堪らないし、その作家を巡る世間のステレオタイプが爆砕されたり逆に可視化されたりする様子も愉快極まる。寸言だけに、罪が無い。遊びだから多少とも笑えるなら何でもいい。外国作家版も場を熱くすること請け合いですね。

 

それで、前置きが長くなったけれど、今回取り上げる島尾敏雄などは、このゲームに添ってみれば、およそどんな具合に形容できるだろう。さしずめ「悩み大き文士」というところでないか。

たとえば神経病みの妻との不穏な生活を記録した『死の刺』を読んでみれば、全面「心労」そのものである。傍観者として読んでいるだけでこっちが先に参ってしまう。スティーブン・キング流のスリラーであれば怖い怖いといいながらもそれなりにハラハラドキドキを堪能できる。『死の刺』は終始一貫して形而下の関係問題の毒を吸い取ったものだから、ファンタスタティックな飛躍がない。機械仕掛けの神、デウスエクスマキナにおいそれと頼れないものだから、作中の人物は救いを求めてもがき続けるだけなのだ。

この文章と文章の間の、心許なくも粘着質な接続感は、冗長、陰鬱。自分の苦悩をおいかけて同じところをひたすら回り続ける。そのうち、それ自体が目的と化したような妻のヒステリーの叫びと混ざり合って、一触即発の張り詰めた気圏を醸し出す。「狂気」くらい「人間味」のあるものは他にない。

『死の刺』だけではないよ。この人はいったい悩み過ぎる。苦しみ過ぎる。いつも神経を擦り切らして骨の髄まで疲弊している。気鬱飽和度が常人に比して高すぎるのだ。不完全な人間はがいして悩み多きものだけれど、彼くらい年百年中悩んでいると、さすがに身心が堪らない。

本作『日の移ろい』は、その心塞ぐ日々の底で、作者が自分の心の変化を微細に観察し続けた記録となっている。作家の「日記」というものは大抵公開を前提にするものだから、読者を意識した巧妙な筆遣いがときどき芝居がかって見える。けれどもそれはそれで各人勝手に割り引いて読めばいいのだし、自分の為だけに綴った日記が必ずしも「真実の生の記録」である道理もない。

ブログには「ウツ日記」という一大ジャンルがあるのだが、この「悩み多き文士」の日記を貫いている鬼気迫る懊悩とその消化プロセスを見るにつけ、自分や他者による「苦悩の表出行為」がいかに拙劣なものであるかを痛感せざるをえない。肝心なのは凝視し続けることなのだ。リア王か何か忘れたが、かつて、「苦しみ自身が苦しい苦しい言いだすまで耐えよう」みたいなセリフに肺腑を滅多打ちにされたことがあった。島尾的苦悩睥睨術はこの境位に立つことから漸く始まるらしい。

いやいや、苦しむの大変なことだね。

 

 

日の移ろい (中公文庫)

 

 

田澤耕『物語 カタルーニャの歴史(知られざる地中海帝国の興亡)』(中央公論新社)

たとえば「知られざる~」とか「驚異のOO」「実録! XX」「必見!ーー」のようなすっかり大衆メディアに定着した「表紙語法」は、いまだに多大のハニカミと道化精神なくして使えない。

「極上の味!」とか「究極のマグロ」というふうな看板を自分から掲げているお店は、そんな常人的なハニカミを超越したところにあるのではくて、たんに開き直って不感症になっているだけなのだ。このところ巷には何につけ「!」が多すぎるのですよ。感嘆符過剰警報発令中なのです。こんなのいつごろからなのかな。この数学の確率問題にしか似合わないマークをただ付加するだけで伝え手の情熱を余すことなく表現できるとはよもや思ってはいないだろうけれど、ともかく拙劣無粋です。現代はよほど叫びたがっている。無内容の癖にやたらうるさいのだ。頭のなかでいますぐ粛清したい。

「俺のこの情熱を分ってください!!!」「奇跡の名盤、復刻!!」「佐野眞一 待望の新刊、本日発売!!」「あたらしい国づくりに向けてどうか皆さまの御支持をいただきたい。このツイート拡散希望!!」とか書かれてあるのを見ると、それだけでもう暑苦しくなって、胃の底がムカムカしてきて、奴らをいますぐ業務用の冷凍庫に押し込んでロックしたくなる。もっと冷静になって自分の言葉を語れ、この馬鹿者。体育界系の飲み会じゃないんだぞ。

「!」がありふれている。町中にもメディア言説のなかにも。味噌でも糞でも「!」で片づけられているうちに、やはり受け手もだんだん不感症になって、一個の「!」程度では何のインパクトも受けなくなる。そこで「!!」が出てくる。「!!」に不感症になったら次は「!!!」が出てくる。それにも不感症になったときにはじめて技巧的な文案に復帰する。下手人は「!」だけではない。宣伝広告の文句も芸の無い大仰さを離脱して、言葉の綾やデザインの妙で勝負をしてほしいもんです。

思うに、ある文章のなかでいくつ「!」が使用されているかを知るだけで、その書き手の「間抜け度」を計量予測することができる。これは実に明快な指標でしょう。僕自身これまで「!」頻度の高い文章で為になったものなど一つもないと思うから、この指標の効果は拳を振り上げて保証する。「!」過剰の文章は信用しないこと。

 

で、なんだっけ。もともとビックリマーク(正式名はエクスクラメーション・マーク)断罪論でなくて、題名が恰好悪いって話か。ここの副題にある「知られざる」なんかも実に常套化した用法で、中身は素晴らしいのだけど、それだけに勿体ない。古今東西、本の題名なんてのはマーケット意識過剰の編集者が一任で決めてしまうのだから、ぶつぶつ文句を言ってもはじまらないのだ。なぜなのだろうな。「知られざる」か。型通りであるがゆえに恥ずかしいのではなさそうだ。型通りでもさして恥ずかしくない物言いは殊の外いっぱいある。「~と言わざるをえない」なんてのはまだハニカミ度はさほど高くない(使いたくないけれども)。「大なり小なり」(多かれ少なかれ)、よく使うけれども、実はこの型は嫌いです。「~によれば」「言を俟たない」「~以上でもなければ~以下でもない」「言うまでも無く」「~を認めるに吝かではないが」、こういうのも野暮の骨頂だね。こんなのを三行置きに使っているのにロクな奴はいない(これだけは確言できる)。うん、無意識のうちに使いまくっている「野暮語法」を早く卒業したい。この支配からの卒業。夜はYouTube尾崎豊を見る。

 

ねちっこい言葉論評はもういいから、カタルーニャ。発音にいろいろあるみたいだけど、いちばん多いカタカナ表記は、カタルーニャ

いま渦中のカタルーニャとは何であるか。けれどもカタルーニャ自治州の選挙結果とか現在進行形の時事問題より、まず歴史が知りたい。日本人にとってガウディとかパブロ・カザルスとかピカソとかダリのイメージしか湧かないバルセロナの履歴書を急いで閲読したい。もっというと、そもそも民族とは何か、国家とは何か、独立とは何か、自治州とは何か、スペインはなぜカタルーニャの「独立」を容認しないのか(そしてEUも)、いろいろな謎が脳裏を行き来する。二〇〇〇年発行の本だけれど、大部分が百年以上前の出来事の叙述だから、新書特有の「おい何だか情報が古くてやり切れないぞ」という感じはしない。あと著者は歴史学者ではなくて、カタルーニャ語の博士みたいだ。カタルーニャ語の本をたくさん書いている。いいね。カタルーニャ語。勉強している人の話すら聞いたことがない。僕はカタルーニャ語スペイン語もイタリア語も知らない。ロマンス諸語は何も知らない。動機があれば勉強するかしらね。たぶんしないだろうな。意思疎通の必要性や快楽に繋がらないと人は言葉など絶対に覚えない。むかし幾つかの外国語を「熱心」にやってみて痛感したのだ。とどのつまり、語学において大切な要件はただひとつ、「必要」なのだ。いくらTOEICなんかで高得点をめざそうとしても、動機なき勉強は持続しない。「具体的にある人物に何かを伝達したい」という必要上の動機ほど強いものはないのだ。だから言葉をどうしても覚えたければ、Facebookなんかで外国の「知りあい」と繋がって議論や喧嘩でもし合う方が方がはるかにいい。動詞の不規則変化表と首っ引きでブツブツ言っているよりも、感覚が早く掴める。言い方が分からなければ、その都度調べればいいだけだから。この不安定ながらも生き生きした「対人感覚」を欠いた机上の語学は、結局血にも肉にもならない。いや本当ですよ。なんの力にもならない。不毛なだけ。もうウンザリするほど不毛なのだ。馬鹿正直にder、die、 das とか繰り返した末にニーチェの一冊でもまともに読める様になった人が、いったいどれくらいあるのか、知りたいものです。全ては「眼の前の動機」なんですね。僕はホリエモンは何となく好かないけれど、たまたまどこかで好い事言っていたのに遭遇した。人間は生来怠け者で中弛みしやすい生き物だから、「遠い目標」など絶対に持てない。せいぜい目に見える範囲の細かい目的をクリアしていくだけなのだ。だからいずれ第二のイチローになりたい人は今日の素振りメニューのことだけを考えていればいいし、第二のビル・ゲイツのなりたい人は今日か明日の課題とだけ真剣に向き合えばいい。細かい中間目標のない大きな目標など、いらない。というより不可能なんだ。なぜか。一時間先のことさえ人間には分からないからです。そもそも生きている保証など僅かもない。明日あると思うこころのあだざくら。今日の苦労は今日だけでじゅうぶん、これはなんか違うな。遠大な目標なんかいりません。目前の計画達成にのみ専心していればいい。しかしこんな安い勉強啓発本みたいな語調、書いていてすごく嫌だな。ま、じぶんに言い聞かせたい。また脱線した。でも人生の大半は道草にある。

 

かつてカタルーニャはイタリアから遠くギリシアまでの地中海世界を支配した大帝国だった。現在は、一九七九年以来、スペイン北東部の自治州に過ぎない。カタルーニャの歴史は、カルル大帝時代の辺境伯領にまで遡ることができるけれど、そこまで掘り下げるのは西洋史マニアくらいで、ふつうはだいたい、アラゴン王国に統合されながも独自の文化を維持して地中海貿易で繁栄した、一二世紀以降の事柄が中心となる。スペイン王国が統一した後(一五世紀末)は徐々に衰微していくのだけれど、カタルーニャ勢力の中央への反発は根強く、反乱も少なくなかった。ようするにこのころから既に中央政府と対立していたわけだ。

面倒臭いから、ここで猛ダッシュで近現代にまで下る。一九三一年の「共和国宣言」が出され、一九三四年には完全独立をはたすべく革命を起こすのだけど失敗した。ここで後に「スペイン内乱」(一九三六~一九三九)と呼ばれることになる物凄い内紛が勃発する。対立図式はさほど複雑ではないのだ。反ファシズムの「人民戦線政府」に対して、国内では保守派が、国外からはイタリアファシストナチスドイツが手助けした武装反乱。フランコという強靭な精神に恵まれた軍人のクーデターなどが口火を切り、もう大変な騒ぎだった(ムッソリーニヒトラーとは違って、こいつがまた長生きするんだ)。スペイン内乱の内情については、自らも国際義勇軍として参加したジョージ・オーウェルによる『カタロニア賛歌』に詳しいから、読んでみてください。岩波の赤にあったと思う。ビッグブラザーもいいけれど、あれもいいよ。

カタルー二ャに関していうと、そのフランコに逆らう勢力がカタルーニャ方面に多かった。だから自然とそこは人民戦線政府の重要拠点になった。結果はもうみんな知っている。人民戦線政府は打倒され独裁政治がはじまる。反フランコ勢力の中心地であったカタルーニャが、フランコの存命中にどんな扱いを受けたかは、想像するにあまりある。

 現在はカタルーニャ語カタロニア語)の使用と自治権は認められているが、マドリード中央政府とは常に折り合いが悪い。バスクもそうだけど、その歴史を辿ってみても、なぜこれほど独立志向が強いのか、傍観者にはなかなか理解できない。経済関係やアイデンティティ歴史観といった出来合いの問題設定だけでは括れない何かがあるのか。

そもそも分離独立するためには、どんな「手続き」がありうるのか。何を以て「正当」とするのか。なんらかの国際的な「前提」はあるのか。よくよく調べてみると面白そうです。

たとえばかつてバングラデシュが大変な流血沙汰の末にパキスタンから分離独立に成功したけれど、同じ「独立」といっても、地域ごとに事情が微妙に違う気もする。ソ連という醜怪なリヴァイアサンが崩壊した後に次々生まれた独立国も、それぞれちょっとずつ違う。民族や宗教、地勢、歴史、生産事情、人口比率、世界中全ての地域はそれぞれおそろしく違いあっている。おもえば「民族」という言葉さえ粗すぎるし、実は使い勝手もよくない。

 

「独立」という言葉が紙面を踊るたびに、人はなにもかもを分かっている振りをしてしまうけれども、実は「独立」という現象についてまともに調査したことも思索したこともない。なんだか言葉負けしてしまっている。無知を痛感する機会さえ与えられない。池上彰もそこまでは人びとに教えてくれない。ひたすら自分の手足と頭脳だけで掘り下げろ、だ。

「複雑な世界情勢」とか何とか決まった文句を繰り返すより、もう少し世の中にありふれている種々の概念の見直しに集中した方がよさそうだ。カタルーニャ云々以前の前に、僕はそもそも「国民国家」というものを理解していない。「帝国」とか「民主主義」とか「国家安全保障」とか簡単に言ったりするけれど、いざそれについて問われれば口が凍り付いてしまう。ひどく残念だ。不勉強を恥じる、という気持ちさえ起らない我が身の薄っぺらさを大いに恥じる。

 

おのれの無知を知れ、ということです。

 

物語 カタルーニャの歴史―知られざる地中海帝国の興亡 (中公新書)

岩田重則『「お墓」の誕生(死者祭祀の民俗誌)』(岩波書店)

「見渡す限り、お墓が続いています。一体この霊園には何千、何万の人が眠っているのだろう。ただ何々家の墓、とだけ刻まれたお墓はもちろん、生前どんな人だったのか和歌が刻まれたものもあり、思わず立ち止まってしまったけれど、夢という一文字が大きく彫られているお墓もあった。空地になっている一隅は、家名の書かれた木札が並んでいて、まるで宅地予定地のように整然と仕切られている。」

 

墓の本の話だから、唐突墓の引用から切り出したのだけど、古今東西、引用から文を書き起こす奴にロクなのがいない。ちょうど巻頭にやたらエピグラフを並べまくる作家にロクなのがいないのと同じ。これはいわば禁じ手なのだ。断わりもなく長々と人のフンドシで一人相撲しやがって、この野郎。まあいいんですよ、これは李良枝の短編「あにごぜ」の一節ですよ。もう忘れ去られている人です。このくだり、秀逸無類の名文というほどではないにしろ、シンプルながら薄味の利いた好文章ではあると思う。それにしても「宅地予定地」、整然と区分けされた霊園を喩えるのに何と適切だろうかね。そう言われると、現代のお墓は秩序度が高い。じゃあいつ時代に比べて、なのか。問題の所在はここにある気がする。

 

ざっくりと根源的に、墓とは何か。遺骸や遺骨を葬り、その人の霊を祀るところ。grave、tomb、墓所、塚、墳墓、いくらでも続けられる。墓についてはその形態の変遷や文化的な位置づけについて、案外知るところが少ない。というよりもがんらい知ろうとする情熱が起らない。いったいに墓というのは地味で詰まらないものなのだ。こんな妙なものが存在しているのにはそれなりの心情的合理的共同体的歴史的理由があるのかもしれない。毎年の家族での慣例の墓参りのたびに、じぶんがいま何に対して手を合わせているのかが分からなくなって、止め処もない思索に耽ってしまう。墓自体は加工された物質に過ぎない。花崗岩か何か知らないけれども。遺骨に対してか。それも物質に過ぎない。ここで墓参者は何を感じるべきなのか。「何を」拝んでいるのか。

かりに死者を思いだすだけなら他にいろいろ簡便な方法があるだろうし、迎え火によって先祖の霊が到来しているのであれば、わざわざこんな無粋な墓石などに手を合わせる必要もない気もする。仏壇にも、あるいは盆棚と呼ばれているものにも(僕は直接見たことがない)、何かしらの起源があり、その歴史があるはずだ。この新書は一応そこんとこあらあらと書いてくれているから、勉強になるよ。

 

無知まるだしの素人考えに違いないのだろうけれど、古来からの先祖崇拝云々とかいう民俗学的理由の前に、年に二回、正月と盂蘭盆会の時くらいは実家に帰省しなさいよという、なんらかの配慮機能の方が今日では大きな意味を持っているのではあるまいか。こんな国民的行事というか風習でもなければ実家に帰りにくい人びとがたくさんいる。すごくいる。特に会社や連勤自慢の大好きな野暮な男たちのなかに多い。

そういうなかで、盆と正月だけは、数百万人単位の民族内大移動を無理やり促す「大いなる助け舟」になっている。

そうでなかったら大都会の生産人口の大半は「故郷」に帰る口実をついに失ってしまう。慶事や弔事でもない限り。

それでもいいよという乾いた人も当然あるだろうけれど、ときどきは故郷に帰りたくなるのが地方出身者というものだ。くさっても故郷、むしろ愛憎相半ばする場所であればこそ、故郷といえるのかもしれない。みずからすすんで帰る場所ではないけれども、たまには帰ってきなさいと言われれば帰ってみたくなる故郷。「忙しいのに面倒くせえな」とかぶつぶつ言いながらも人々は存外素直に帰る。まだ待つ人がいる故郷に帰る。渋滞という鉄の大河を乗り越えて。いやちょっとポエムに走りすぎでしょうあなた、気味が悪い。誰だったかな、ふるさとは遠きにありて思ふもの、そして悲しくうたふもの、なんて歌った哀れな助平作家がいた気がする。

現代は通信インフラにも送金にも不自由しない。スグカエレチチキトクの時代はまだ人間同士のフィジカルな隔たりが即ち心の隔たりだった。いまは違う。車はほとんど一人が一台持っているし、東京から金沢まで新幹線なら半日を要さない。

電子メールもあるしスカイプもある。FacebookTwitterもLINEもある。人びとにとっては、死別以外は離別のうちに入らない。

ジョン・レノンの流儀でもってイマジンしてみる。近い将来マーク・ザッカーバーグ的野心が完璧に達成されて交通網が数倍拡大向上したならば、世界中の人間同士の物理的隔たりがある面においては無くなる。これはものすごいことだ。もう「北国の春」の情緒なんか誰も理解できなくなる。駅で泣きながら抱擁しているアベックなど昭和の記憶に遠のてしまう。各自のデバイスを通して常に遠隔対面可能ならば、一時的別離の哀感などあってないようなものだ。そういえばここ十年、ホームシックという言葉をあまり耳にしなくなった。


こうした空間極小化の潮流が盂蘭盆会特有の「日本的霊性感覚」を希薄化させている、という見方もできなくはない。僕自身にしてみても、毎年盂蘭盆会の期間は一応実家に帰るけれども、いま先祖が到来しているなという臨在感覚は持てない。どうしても。こればかりは個人の気質にも依るのかもしれないけれど、大部分の人が漫然とある種の社会的惰性によって、とりあえず帰省しているに過ぎない気がする。つまり特別な感傷に耽るための精神的条件が欠けている。ハレの日とケの日の区別も殆ど無意味になっているから、日常はおわりなき「客観的時間経過」以上ではなくなっている。宇宙はこのまま乾いた時間を永久に刻み続けるだけなのか。

 

そういえば、都会のなかで故郷へのノスタルジーに浸る趣味は現代にもありふれている。やたらに故郷を恋しがる奴もまだ結構いる。

北国の春」タイプの望郷歌謡はきっと、どこか人々の琴線にふれる何か普遍的な成分があるからこそ名曲化したのだ(さらに中国大陸にまで渡って)。ところで別の種類の甘酸っぱいノスタルジーもある。田舎と大都会に別離した恋人同士が互いへの想いを馳せる、「木綿のハンカチーフ」型だ。僕はかねがね、戦後のノスタルジー歌謡はごく大づかみに言って、「北国の春」タイプと「木綿のハンカチーフ」タイプに類別できるのではないかと考えている。これに関しては閑なときにもうすこし掘削したいですね。

 

閑話休題、ともあれですね、きょうびにあっては、墓も墓参りもあまり重大特殊な「精神性」を含ませていないのだ。これだけは間違いない。すくなくとも僕の見るところでは。あるいは最初から墓などその程度のものだったのかもしれない。

日常どこにでも存在している墓は、謎に満ちている。ちょっとした墓学に手を染めても損はない。どうせ誰もがやがて死んで焼かれて遺骨になるのだから。死を忘れるな、ですね。生きていることは無限に虚しい。死ぬことも虚しい。こんなことを考えていることも虚しい。

 

日本の、それも現代の墓事情を見てみると、その大部分が、いわゆるカロート式石塔となっている。近代の行政努力で「火葬」が一般化したので、死んだ人がそのまま埋葬されている墓は日本には殆ど存在しない(法律上、「土葬」の制度はある。ただし地域別に種々細かい条件がある。興味あれば「墓地、埋葬等に関する法律」参照。僕は難しいこと知りません)。

カロート式、聞きなれないけれども、現代の墓学においては極めて重大の用語なのだ。ようするに死者の遺骨を納める石室だな。我々の平生見慣れているタイプの、あの頭部の平坦な角柱型石塔の下部には、たいていのこのカロート(屍櫃)が備わっている。この様式は思いのほか時代が浅い。だいたいこうした石塔そのものも古くてたかだか四〇〇年を遡れるに過ぎない。それにむかしは個人の戒名を個々の墓に刻んでいたのだけれど、しだいに現代風の「先祖代々墓」に移行していった。著者は石塔の本格的な浸透は近世後期以降だと踏んでいる。

ともすれば人は錯覚する。すごく大昔から今と同じ風なお墓が存在していたのだとつい考えてしまいがちだけれど、墓の推移は常に現在進行形なのだ。百年以上の前の墓様式と平成現在の墓様式はだいぶん違う。現在ではお墓の大半は石材産業によって供給されている。そして一九九〇年代移行、その生産拠点は中国に移行しており、中国産製品のシェアが著しく増大している。商品としての「お墓」事情は日々時代の様々な要因によって変動を余儀なくされている。

いずれにしても、古来からの民俗的墓制は明らかに解体しつつあって、味気ない角柱型石塔による先祖代々墓として、現代の「お墓」は要領よく画一化されている。このことは、市場原理で「お墓」商品が生産・供給され続けていることと切り離しては考えられない。

 

私見だけれども、人生いろいろなのだからお墓もいろいろあっていいと思うのだ。もちろん墓参りの方式もいろいろあっていいです。

近世幕藩体制によるキリシタン禁圧の産物ともいえる寺檀制度は、現代にも様々の面で色濃く残っているのだけど、これなんかもよく思うとイビツです。墓や墓参りが詰まらない理由は、ひとつやふたつではないみたいだな。

そもそも墓とは何か、根本から考えて出直してみたいものです。

「お墓」の誕生―死者祭祀の民俗誌 (岩波新書)