佐野白羚の文筆武者修行

佐野白羚による随想ならびに読後録(「蟄居汎読記」「書脈録」)を不定期掲載

宮本又郎・他『日本経営史(日本型企業経営の発展・江戸から平成へ)』(有斐閣)

有斐閣(ゆうひかく)といえば創業明治十年(一八七七)の老舗学術出版社で、主に法律関連の「硬質」な書籍を世に送り続けている。とくに、年版の『六法全書』や『ポケット六法』『有斐閣判例六法』といった刊行物は、いつからか、法律学習者たちの堅実な伴侶といった観を呈し始めていて、法学とは無縁の私なども、法律書といえば、何よりも先に「有斐閣」の名前が脳裏に浮かんでくるくらいだ(判例六法の類は他の会社からでも良質なものが沢山出版されているのに)。

有斐閣の守備範囲は、もちろん、憲法民法だけではない。経済や金融を扱った手堅い本も多く出している。塩澤修平の『経済学・入門』(有斐閣アルマ)などは、経済初学者の向けの書籍としては中々定評が付いているので、私も学生時代の一時期は、この本に向き合っていた。フローとストック、マクロ経済とミクロ経済の違いも分からなかった人間には、なかなか呻吟の絶えない宮廷料理ではあったけれども。

今回取り上げた『日本経営史』なんかも、有斐閣の出版物のなかでは良質な部類に入るものなのだと思う。図表も豊富で、章節の立て方でも要領を得ている。副題の語る通り、今日では半ばマジックワード化しつつある「日本型経営」なるものの解明に、力点が置かれている。Jモデル、人本主義、会社主義、協調的労使関係というような言葉の数々は本来、日本の企業を外国のそれと対比させた上で持ち出されたものだ。本書は、こうした発想の背景にあった諸事情を、親切すぎるくらいの詳細さを以て説明してくれる(とくに第五章から得るものは多かった)。

また本書について注目していいのは、日本経営史を叙述するのに、江戸時代にまで遡っている点だろう。ふつう日本歴史上での江戸時代といえば、純粋な封建時代として人びとの心に印象されている。「苛斂誅求」に喘ぎながら、「生かさぬように殺さぬように」とギリギリの生活を強いられている農民たちの型通りの姿が思い浮かんでくる。都市商業の発展があったとしても、それは特権を得た一部の豪商のみを潤すものだったと考えられがちだ。著者がいうには、江戸時代を巡ってのそうしたプリ・モダーン(前近代)社会という含意は、近年の歴史学者の間では、少しずつ見直されつつあるということだ。江戸時代は、制度面においても文化面においても、近代の萌芽を多く孕んでいる。そのことから、江戸時代をアーリー・モダーン(初期近代)の時代と見做せるのではないか、という風になってきたのだ。それが具体的にどういった面で見られるのかについては、第一章に詳しく書かれてある。              本書は、その議論内容が極めて濃いものなので、日本の経営史への関心が強ければ大変面白く読めるには違いないけれども、聞きなれない固有名詞や術語が数行ごとに出てくるから、一貫してかなりの緊張を要求する。この手の本を読んでいて混乱しそうになったときは、いまいちいど目次を熟読してみるといいかもしれない。そうやって全体の構成(議論の流れ)を見渡すことで、詳細な記述にあっぷあっぷになっている頭脳が整理される。 たとえば本書であれば、第一章は日本型企業経営の起源、第二章は近代経営の起源、第三章は近代経営の展開、第四章は戦前から戦後、第五章は戦後の経済成長と日本型企業経営について論じている。        複数の著者も筆になるこの労作を読みながら私は、自分のなかにある単純な日本近世観の修正を迫られた。当時の大名もお金の工面には中々苦労していたようで、鴻池のような豪商から頻繁にお金を借りていたようだ(「大名貸し」)。丁稚奉公の仕組みや、住友家、三井家の創始物語、日清・日露戦争下の企業事情や占領軍による「財閥解体」の内実、高度成長期の企業経営、日本でのトラストやカルテルの事例、ともかくその記述範囲はとても広いので、近代日本の通史を辿っている気にもさせる。

本書によると、いまの企業会計上の前提条件を作っているゴーイング・コンサーン(継続的事業体)の仮定は、江戸時代では既に広く浸透していたのだ。この事実は、金貸しであろうが呉服商であろうが、ある程度成熟した経営観念を持っていたことをよく示している。「この木なんの木」と歌うあの企業ソングが暗示しているように、殆どの「事業」にとって継続・成長し続けることは、言わずもがなの大前提だ。どこかの中世に特有な「一航海が一企業」といった投機的冒険的な金儲けではない、そうした継続的な事業観が定着しなければ、きっと、今日風の「株式市場」なんかも成り立たないのだろう。 そう思うにつけて、世界各地の経営史のことも段々知りたくなってきた。

それにしても、江戸から明治、大正、昭和、平成に至る疾風怒濤の日本経営史が、たったこの一冊で曲がりなりにも通観できるのだから、立花隆(あの蔵書自慢の好きな老人)がいみじくも言っていた様に、その情報収集や比較・分析の労力を思えば、本は基本的には安い。

日本経営史 新版―江戸時代から21世紀へ (Y21)