佐野白羚の文筆武者修行

佐野白羚による随想ならびに読後録(「蟄居汎読記」「書脈録」)を不定期掲載

『谷崎潤一郎随筆集』(篠田一士・編 岩波書店)

この谷崎潤一郎(一八八六~一九六五)という巨頭について語ろうとするのに先ずその文章の上手さから入り込むのは、どうにも「今更」といった感じがする。 王貞治は野球が上手だ、とか、リチャード・ド-キンスは遺伝子に詳しいといった類の物言いと同じで、間違ってはいないけれども、それだけで口を閉じてしまうのであれば、どこか間が抜けている。 だから、間抜けにならないために、少しだけでも、彼について書かなくてならない。

私の素朴な谷崎観によれば、彼は第一に畏怖すべき一人の文章家であって、ストーリーテラーではない。

上手いとか上手くないとかいう評価の仕方は短絡的かもしれないけれど、それでも「上手い文章」というものは世の中に確かに存在する。

谷崎の文章の上手さは、当然、ジャーナリストの上手さとは同日の論ではない。 然るべき箇所に句読点を打ち、然るべき言葉を適宜使用することで誤解率軽減に極力努めねばならない新聞記者の文章作法は、訓練次第では誰でもそれなりになんとかなるものだ。

上手いというあり方の中にも、色々な「上手い」がある。

志賀直哉には志賀直哉の、夏目漱石には夏目漱石の(この人は前期の方がいい)、石川淳には石川淳の、「上手さ」がある。 修業や研究ためにこうした達人巨匠の文を健気に書き写した経験のある人にはよく分かるかもしれないけれど、好き嫌いやその上手い下手にかかわらず、人の文体を模倣することなどは事実上不可能であって、例えばそれは人の地声をそのまま盗みだせないのと同じだ。 指紋や声紋と同じくらい文にも固有性がある。 ただ、器用な声色を遣って人の口調を真似したりする世界中の芸人と同じように、鴎外風だとか露伴風、あるいは鏡花風シェイクスピア風の文章をつくることは確かに出来るし、実際いろんな人が今もやっている。 例えば、「君もよっぽど呑気だね」とかいう調子はどこか漱石っぽい。

文章は構造的には誰もが知っている文字を連ねたものに過ぎないけれども、それは、書き手の思考様式や教養学識、もっといえば心身活動全体とは絶対に切り離せない。「上手い」文章ほど、そう容易に真似させないような複雑な癖(文癖)を、そのうちに沢山含ませている。

谷崎潤一郎の上手さは総じて、その天衣無縫な陰翳のなかにある。 五代目の古今亭志ん生のような奔放天然な語りを駆使できる一方で、必要ならば粘着質な妖艶味や魔性を帯びた情念まで、あらゆる色彩語法を以て特異な形で浮かび上がらすことが出来る。

おもえば、谷崎潤一郎は、これまで様々の文学者がものしてきた『文章読本』の領域においても、高い定評を長いあいだ勝ち取っている。

彼の上手さを、彼の句読点の打ち方に見るか、語法に見るか、その文の重ね方にみるかという分析は、素人の私には身に余る事業なのでやらないけれども、読んでいると何時もつくづく感服してしまう。

妙な着目の仕方かもしれないけれど、私は、谷崎の書く文が、作品ごとに相当大きく違っている点が好きだ。

なんでもいいのだけど、地味ながら適当な文例を二つ挙げてみる。

雨戸は気を利かして締めてあるのだが、欄間の障子にぎらぎらしている日ざしの様子では、外は桃の花の咲きそうなうらゝかな天気になっているらしい。そう云えば今年の御節句には雛人形を飾ったものかどうであろう。 (『蓼食う虫』)

「利かせて」でなく「利かして」となっているのが私は好きで、「外では」でなく「外は」になっていないのが嬉しい。「うらゝかな天気」と「ぎらぎらしている日ざし」の取り合わせなんかも気を惹く。

佐助は鯛のあら煮の身をむしること蟹蝦等の殻を剥ぐことが上手になり鮎などは姿を崩さずに尾の所から骨を綺麗に抜き取った (『春琴抄』)

この作品(一九三三年発表)では、明治以降一般化した句読点が最小限に抑えられている(『蘆刈』もそうだ)。著者は、淀みなく一気呵成に読むこと、あるいは文を形態として受け取ることを強いる。そうしないと内容を汲み取りそこなうことさえある。 これは、「近ごろ手に入れた」小冊子の記述を基にしたという設定に因るのだろうが、こうした文体選択が別段読むことの妨げとなってはいない。私にそこに書き手の非凡の力量を見る。

また、ときどき文と文が縺れてしまって結局何を言いたのか判然としないにも関わらず異様な混沌たる迫力を浮き滲ませる文章を、彼は書いたりする。

ただ、こんな話はいつまでしても終わらないので、呑気な賞玩趣味はこの辺りに止めて、本題に入りたい。

本書は、随筆を集めたものだ。 全体の白眉といえる「陰翳礼讃」をはじめ、「恋愛及び色情」「懶惰の説」「私の見た大阪及び大阪人」等全部で一一編が収められている。 そのなかには、漱石の『門』に苦言を呈する若書きの文章もあれば、永井荷風(谷崎の尊敬する)の「つゆのあとさき」を論ずる好い文章もある。

彼の全随筆作品のなかで最も言及されることが多く、また実質的にも出来振りの頗る良い「陰翳礼讃」においては、西欧生活への彼の一面的単純な見方が随所に入り込んできて、折角の興も殺がれてしまう難がなくもないのだけど、仮にそうした諸点を充分に割引いた上でも、鋭利で成熟した著者の観察眼の底光るこうした一連の考察が、日本の古い風俗や伝統的美感に就いての第一級の考察を含んでいることには、なんの異論もない。

彼は幼いころから様々の芸能に直接触れているので、引例も豊富だ。付け焼刃の知識ではこれほど事細かく伝えられないだろう。 その造詣の深さと作家独自の鋭い観察眼が相俟って、彼の語り口にはある泰然とした迫力と自信が生じている。そのために、他の何某が言うととても信用できないようなことも、彼ならあっさりと納得させることができる。強引にではなく、あくまで自然な調子で。 語ることと語り方が如何に重要かという点を思い知らされる。

われわれは一概に光るものが嫌いという訳ではないが、浅く冴えたものよりも、沈んだ翳りのあるものを好む。それは天然の石であろうと、人工の器物であろうと、必ず時代のつやを連想させるような、濁りを帯びた光なのである。 (『陰翳礼讃』)

これはどうやら谷崎の割に好んでいた持論のようで、たびたびこのこれに類することを色んな箇所でも繰り返している。 日本の漆器や彩色の大きな傾向を分析したわけではないけれど、直観として日本人は、あんまりギラギラしたどぎつい色や原色をさほど好んでいないようには思う。ポルトガル人の来航と共にもたらされた、キリスト教色の強い「南蛮文化」などにしても、一部の人びとこそ熱狂的に受容したり喜んだりしたかもしれないが、そうしたことは極物珍しい舶来物へのある程度普遍的な反応であって、日本人の「伝統的」な色彩嗜好にそのまま影響したり、風土にそのまま深く根を下ろすことなどは無かった。 日本人はどちらかというと、紺色や臙脂色、あるいは緑色を帯びた灰色(利休色という色彩語もある)といったような、少々沈んだような渋色を好む傾向が強い。

また、体験を交えながら彼はこう書く。

われわれが歯医者に行くのを嫌うのは、一つにはがりがりという音響にも因るが、一つにはガラスや金属製のピカピカする物が多過ぎるので、それに怯えるせいもある。私は神経衰弱の激しかった自分、最新式の設備を誇るアメリカ帰りの歯医者と聞くと、かえって恐毛をふるったものだった。 (同書)

いまでは病院でも銀行でもコンビニでも、どうかすれば学校までもが(私立なんかは特に)ピカピカ主義を暗黙裡に貫いている。床は出来るだけ光が映えるようワックスが施されていて、蛍光灯は疲れるくらいに皓皓と輝いている(とはいえ今日では誰もが慣れている)。

衛生管理が重んじられる現場では、なおのこと、信用上において設備を光らせておかねばならないのかもしれない。 谷崎自身は、他の随筆(『恋愛及び色情』)のなかで、平安朝の貴族を例に取りながら、電灯が現代に比べれば圧倒的に乏しいその時代の恋愛事情に、文学人的な想像を逞しゅうしている。

谷崎潤一郎随筆集 (岩波文庫 緑 55-7)