佐野白羚の文筆武者修行

佐野白羚による随想ならびに読後録(「蟄居汎読記」「書脈録」)を不定期掲載

長谷川洋子『サザエさんの東京物語』(文春文庫)

 

長谷川三姉妹の三女・洋子による回想記を読んだ。ちなみに漫画家の町子は次女。インサイダーである妹のもの語りだから、多少偶像破壊の気味もあって愉快だった。長い間、労苦をともにしたぶん不満も少なくなかっただろうけれど、末女ならではの清濁併せ呑むような書きっぷりがいい。

サザエさん」は、一九四六年から夕刊フクニチに連載された(一九五一年から朝日新聞)。ところでなぜ女主人公がサザエなのか。本書の著者がいうには、志賀直哉の短編「赤西蠣太」に登場する御殿女中が〈小江〉(さざえ)であったことと、当時一家の住まいが海岸沿いであったことに由来しているらしい。教養深い人なら「ああ、あれね」とすぐ得心がいくのかもしれないけど、僕は題名さえ聞いたことがない。だいたい僕は志賀直哉の魅力がずっと分からないのだ。それはいまいいか。

 

信じる信じないは別として、日本人の五十人に一人はサザエさん一家の構成を誤解している、というまことしやかな伝説がある。具体的にいうと、カツオ君の母親がサザエさんその人であるというのだ。その誤解に基づけば、波平とフネはカツオワカメの祖父祖母ということになる。これは笑いの種にとどまらず、色々の議論を引き起こす元にもなったのだ。問題は、その誤解された家族構成でもさしたる違和感がないということだ(マスオさんがカツオワカメの父親だという誤解は多少無理があるけれども)。

サザエさんとカツオなどはどうみても年が離れすぎている。核家族以前の当時の標準的サラリーマン一家庭では、この手の姉弟は珍しくなかったのかな。それともたまたま町子(一九二〇~一九九二)の思い描く家族にそうした家族モデルがあったのか。どうにも気にならないわけがない。本書の「元祖マスオさん」の章に貴重な記述がある。

 

《他家を訪ねることなどほとんどない町子姉は、標準的サラリーマン家庭の日常については知識がなかった。

それでよく『サザエさん』が描けたものだと思う。サザエさんの父親の波平さんも、夫のマスオさんもともにサラリーマンという設定なのだから。

後に私が結婚し、やがて次々に女の子が二人産まれると、同じ屋根の下に普通のサラリーマン一家が出現したわけだ。私達が結婚するにあたり、母の頼みで夫は長谷川家に同居することになった。今で言うマスオさん現象のハシリである。》

改姓しないで妻の家に同居する夫の事を俗にマスオさんという。これは色々の権威ある中型辞典に堂々記載されているくらいだから、既に俗用の範囲を超えている。ただ平成生まれの人びとに断りなく通用するとは思わない。今後ますますそうなるでしょう。かつての「出歯亀」(のぞき常習者)や「みいちゃんはあちゃん」(趣味教養の低い若者)と同じように。

 

ほぼ同世代の放送作家兼小説家の向田邦子(彼女は天才です)の場合でもそうだけれど、家族を題材にものを書き続ける人間は、だいたいにおいて最も身近な家族をモデルにしている。当人が「否定」しているときでさえ、作品はなんらかの影響を受けているものなのだ(特に母親や父親の描写に生々しく出てくる気がする。理想的描写であれ写実的描写であれ)。

 

ニューアカ臭の沁みついた厭味ったらしい「サザエさん分析」とは違った、この近親者によるサザエさんの誕生喜劇に一時の間浸ってみるのもいね。


******(以下未定稿断片)

 

 

波平なんか禿げてなくなってサラリーマンのパパという感じがしない。どうして長谷川町子はこんな誤解の危険をおかしてまでこのキャラクター設定に踏み込んでのか。長谷川町子の生きた時代ではさほど珍しくないことだったのか。これが長い間の疑問だったのである。

サザエさん」というこの漫画のルーツはどこにあるのか(しばしば日本版「ブロンディ』と称されたけれども、そもそも「ブロンディ」という外国漫画を知っている人のほうが少ないからこの喩えは全く駄目)。

ほぼ同時代人の作家・向田邦子でもそうだけれど、近親者がそのモデルになるケースは珍しくない、というよりも本人が大否定しても意識化でなんらかの影響は受けている。絶対に。

 

むかしの「都市標準家族」ではさほど珍しくはなかったのだろうか。それとも、

もちろん違いますよ。サザエさん一家には祖父祖母は不在なのです。

 

サザエさんの東京物語 (文春文庫)